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車中での出来事


愛知県小牧市 岩田政成

 つい一週間ほど前のことである。二ヶ月あまり前に復職したものの、未だ足が不自由で杖をついて歩行している私は、通勤電車の中で立っていることが困難であり、その時も電車の優先席に腰を下ろしていた。そこへ五十歳半ばと思われる女性が乗り込んで来て、私の座っている斜め前の吊革につかまった。乗車口から吊革までは僅かの距離ではあるが、その間の歩き方を見て、少し足が悪そうな感じがした。

 自分の足が悪くなかったら席を譲って上げられるのだが、今の私にはそれが出来ず、隣の席と向え側の優先席に座っている若い女性が代わってあげれば良いのになあと思ってしばらく様子を見ていた。そうしたところ、件の中年女性は、手提げ鞄から本を出して読み始めたが、肘に下げた鞄が見るからに重そうに見受けられた。そこで、「鞄を持ちましょうか」と声を掛けたところ「大丈夫です」と返事が返ってきたので、「席を代わって上げられるといいのですが、私も足が悪くて代わってあげることが出来なくて申し訳ありませんね」と言ったところ、隣の席に座っていた若い女性が、「気が付かなくてすみません。どうぞ掛けてください」といって中年女性に席を譲るため立ち上がろうとした。中年女性は、遠慮して座ろうとしなかったので、若い女性は、さらに「どうぞ」と声を掛けたが、中年女性は迷うような仕草をしながらも遠慮していた。そこで、「折角親切で席を譲ってくれようとしているのだから、その親切を有り難く受けるべきですよ」と言ったところ、中年女性は若い女性に礼を言って席に座り、その後二人の女性の会話となった。「どこまで乗って行かれるの」「・・・までです」「そんなに遠くから通っているの。大変ね」などと言った具合にである。

「高齢者や身障者に席を譲らず、優先席に座って本を読んだり、携帯電話と首っ引きになっている若者」を見かけることは当たり前と言った昨今であるが、今から三十年以上前の頃は、高齢者に席を譲る光景は日常的なものであった。そのような時代であったが、当時高校生であった私が、初めて高齢者に席を譲った時は大層勇気を出して声を掛けたものである。武士道の倫理観や三綱五常の精神が廃れ、高齢者や身障者に席を譲る光景がめったに見られなくなってしまった今の時代にあっては、心優しい若者であっても、高齢者や身障者に席を譲るのには相当な勇気が要るものである。そして、折角勇気を出して行なった親切な行為が、相手に拒絶された場合、多感な時期であるだけにとても恥ずかしい思いをするものである。

 年長者は人生の先達として、若者の長所を伸ばすようもう少し心を配るべきである。若者が勇気を持って席を譲ってくれる時は、譲られた人は、その親切を有り難く受け、その親切に応えた動き(お礼や話し掛けなど)をしていきたいものである。このような小さな動きであっても、社会の一隅を明るくすることに少しは役立つものと思っている。若者が席を譲り、席を譲ってもらった人と若者との間でにこやかに言葉が交わされる光景は傍で見ていて気持ちの良いものである。

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